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心温まる家族の物語「ジョイ・ラック・クラブ」で知られ、女性と家族を描く才能で定評のあるウェイン・ワン監督がメガホンをとったこの映画は、対照的で強烈な個性を持つ母と娘の自立と成長の物語。「デッドマン・ウォーキング」でアカデミー賞に輝き、「グッドナイト・ムーン」などで説得力のある女性・母親像を演じてきたスーザン・サランドンと、デビュー作「レオン」でスターの仲間入りをし、「スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス」ではクイーン・アミダラに起用されたナタリー・ポートマンの共演で、時におかしく、時にほろ苦い母と子の心の旅が情感豊かにつづられる。
また、「ダイ・ハード」シリーズのボニー・ベデリア、「イン&アウト」のシャーン・ハトシー、「ベストフレンズ」のハート・ボックナー、「ゴールデンボーイ」のヘザー・マッコームらが、二人を囲む人々をリアリティのある存在感で演じる。
娘のためを思うからこそ選んだ道なのに、いつも的外れな言動で娘を悩ませてしまう母。母の愛はわかっていても自分の道を踏み出したい娘。母なら、娘なら、この気持ちがわかるはず。誰もが一度は感じたことのある、母と娘の鬱陶しくて、でも何ものにも代え難い関係を、映画は温かい眼差しで描き出していく。何気なく見えるエピソードに、ふと思い出すかつての自分自身の体験。丁寧な語り口ににじむ、本物の母娘の感情。二人の心の揺らぎがハッとするほどヴィヴィッドに胸に響いてくる。
原作は様々な賞に輝くモナ・シンプソンの小説。二人の女性の友情を描いた「ジュリア」と、アメリカの家族の真の姿を抉り出した「普通の人々」で2度にわたってアカデミー脚本賞を受賞している名手アルビン・サージェントが、ここでも二人の女性=家族の感動的な絆を、繊細に、鮮やかに浮かび上がらせる。
そして、この映画のもう一つの主役はロサンゼルスの町そのもの。ロスはアデルの夢の象徴でもある。映画を見ていると、これまで幾多の映画で見慣れていたはずのロサンゼルスの新鮮な表情に驚かされる。「お定まりのイメージではなく、真のロスを描きたかった」というワン監督の意図に応えて、撮影、プロダクション・デザイナー、衣裳デザインのチームが作り出した背景としての“町”が、ストーリーを力強くサポートしている。
ワイド・スクリーンに登場人物たちの動きを生き生きととらえてみせた撮影は、「クンドゥン」「ファーゴ」などでアカデミー賞にノミネートされているロジャー・ディーキンズ。魅力的なキャラクターの微妙なニュアンスを引き出すプロダクション・デザインは「ジョイ・ラック・クラブ」でもワン監督と組んで気心の知れているドナルド・グラハム・バート。ときに突飛に見えるアデルの服装など、キャラクターの個性を際立たせる衣裳はベッツィ・ハイマン。「パルプ・フィクション」や「ザ・エージェント」などで知られる彼女の遊び心が、この作品でも存分に活かされている。
★誰もが持っている経験
プロデューサーのローレンス・マークは4年前に数々の賞を受賞したモナ・シンプソンの原作を読み、フォックス2000ピクチャーズに映画化の話を持ち込んだ。すぐに、映画化権が別のスタジオから買い取られた。マークは「ここで描かれるテーマと登場人物は、大部分の人々に当てはまる」と考えた。「誰もが一度は自分の母親の言動によって恥をかいたことがあるはずだ。けれど、そんな経験がなかったらどんなに味気ない人生になっていただろうと、後になって気づくものだ」と語る。
★2度のアカデミー賞に輝く脚本家
シンプソンの小説を脚色するに当たっては、「ジュリア」と「普通の人々」で2度もアカデミー賞に輝いているアルビン・サージェントに話が持ち込まれた。サージェントは「普通の人々」でアメリカの家族に対して深い洞察力を持っていることを立証した。二人の女性の間の強い友情を繊細なタッチで綴った「ジュリア」を見れば、感動的な人間関係を描く才能があることも明らかだ。マークは言う。「アデルとアンは風変わりではあるが家族であることに違いはない。そして同時に、母親と娘という二人の女性の複雑な人間関係に焦点を当てている。サージェントの才能は、僕たちの物語には不可欠だった」。
★女性の感性を描ける監督
マークとスタジオが白羽の矢を立てた監督はウェイン・ワンだった。彼は「ジョイ・ラック・クラブ」でいくつかの世代の母と娘を登場させ、複雑な女性同士の関係を見事に描き出した。「地上より何処かで」では女性の感性に触れられることが演出の第一条件であり、ワンがそれに相応しい監督であることは一目瞭然だった。ちょうど「チャイニーズ・ボックス」を完成させつつあったワンも、次回作の候補を探しているところだった。多くの脚本を読んだ結果、ワンは原作と脚本に描かれているテーマに惹かれてこの作品を選んだ。
ワンは「地上より何処かで」には既に彼が「夜明けのスローボート」や「ジョイ・ラック・クラブ」で取り上げてきたような状況があると言う。「ここでは愛する者をあえて突き放して自立させることが描かれている。それは親も子も同じこと。両者とも子離れ、親離れをしなくてはならない時期がやって来る。僕はシンプルな人間ドラマ、特に家族の物語に心を惹かれる。ここでは家族、人間、依存、自立、愛、そして憎しみが描かれている。いわば、人間の成長の物語なんだ。僕も二人の女性たちと一緒に旅をしている気分になり、二人が大好きになった。それに、母親のアデルにも共感する。彼女は、ギャンブル好きで大金を賭けては損ばかりしていた僕の叔父によく似ている。あんな生き方はさぞかし怖かっただろうと思うよ」。
女性と家族を描くことへのW・ワンの情熱と類い希な才能は、世界中の批評家と映画ファンの認めるところだが、彼の家族は別の視点からW・ワンの特性を見抜いているようだ。「ちょうど「ジョイ・ラック・クラブ」を撮っているときだった。妻があなたの前世はきっと女性だったに違いないと僕に言ったんだ(笑)。彼女が言うには、僕には女性に対する特別な感受性と理解があるそうだ。中国人は古くから人間にはだれにでも陰と陽があると信じているが、僕の場合には女性的な陰の部分が優勢なのかもしれない」。
★最高のキャスティング
監督することが決まると、ワンは早速マークとともにキャスティングを開始した。ワンは当初からスーザン・サランドンとナタリー・ポートマンを指名し、関係者全員がこの素晴らしい選択に同意した。「アデルはクレイジーだが現実性のない役ではない。スーザンの並外れた点は、常にリアルでありながら人の心を打つ魅力を備えていることだ。アデル役をうまく演じるにはこの二つが必要だった」とマークは言う。
アデルを演じるときの鍵となったのは、サランドンのコメディの才能だ。ワン監督は「僕は昔からスーザンにはコメディの気質があると思っていた。だから、この映画でコメディを演じることは彼女にとって素晴らしいチャンスになると考えた」と語る。
サランドンは出演のオファーが来る前に原作を読んでいたが、サージェントの脚本を読んでさらに強く惹かれた。「10年以上も前から、色々な人にあの本をプレゼントされたわ。それに今回はタイミングもよかったの。私の娘ももうすぐ14歳になるので、事態が深刻になる前に映画の中でティーンエイジャーの母親の予行演習をしておきたかったの(笑)」。
サランドンはアデルの複雑な性格と動機にも興味を抱いた。「アデルの興味深いところは、良かれと思ってやっていることがすべて間違っている点。彼女は娘を愛しているけれど、いつも的外れなことばかりして結果的には利己的になってしまう。彼女は小さな町の生活に満足できないでいる。人生に成功しているわけではないのに、自分と娘に対する希望や夢だけは捨てきれない。そして、二人は週刊誌の表紙を飾る有名人への憧れのような夢を描いてカリフォルニアを目指すの。ある意味で、アデルは現実から目を背けているとも言えるわ。でも、そうでもしなければ自分が目指していることを成し遂げられないのよ。もし彼女が現実主義者だったら、生涯あの小さな町で暮らし続けていたはず。ロサンゼルスで成功するというほとんど不可能に近いことに敢えて挑戦する理由を自分に与えるために、彼女はあんなに虚勢を張っているのよ。そんなアデルが私は大好きなの。この映画を見終わったとき、観客がお母さんや娘のことを思い出して電話をかけてくれたら嬉しいわ」。
アデルの娘アンにはナタリー・ポートマンが選ばれた。デビュー作の「レオン」を見て以来ずっと彼女との仕事を心待ちにしていたワン監督は、初めて脚本を読んだときからナタリーのことを考え、ブロードウェイで上演された『アンネ・フランクの日記』での熱演を見て、彼女しかいないと確信した。「親の陰に隠れて暮らしているが、親離れする準備のできている17歳の娘には、知性と警戒心と潜在的な衝動性がある」とワンは指摘する。ポートマンはそれらの要素を見事にアンの中に注ぎ込んでみせた。
ポートマンは母と娘の絆の必要性を強調する。「本当はお互いがなくては生きていけないから、アデルとアンの間には深い愛情が流れているの。母と娘は互いに助け合い、お互いをバネに生きていて、相手を必要としているの。まさに二人は共存しているのよ。そして、どちらが主導権を握るかは常に変化していて、アンが現実的で理性を持ってリードしているときもあれば、アデルがアンを保護することもある。親と子は強い絆で結ばれるべきだと思うわ。たとえ問題があろうとも、絆を失わないようにしなければいけないの」。
サランドンと同じように、ポートマンも自分の実生活と役柄に多くの共通点を感じた。「私自身もあと1年たてば大学進学や一人暮らしの準備とか、アンと同じようなことを経験するのだろうなと考えたら不思議な気分だったわ」。
また、サランドンは娘アンの配役が母娘の関係を理解する上で非常に重要だと感じていた。「円満で健康で、独自の優雅さと知性を兼ね備えている女優をアンにキャスティングしない限り、アデルがただ単に娘にいばり散らしていじめているだけに見えてしまうことがわかっていたの。そんな映画、誰が見たいと思う? でも、娘役が理知的で健康だったら、観客は『母親は愚かで間違いばかり犯しているけど、アンがしっかり者に育っているから彼女の子育てもまんざらではないのかもしれない』と思うはずだわ」。
★ロサンゼルスが主役の一人
この映画では、ロサンゼルスの町自体が重要な役割を果
たしている。ワン監督は「この都市ならではの場所をいくつも登場させることによって、アンとアデルのロサンゼルスでの新しい生活の感覚を観客がつかめると思う」と語る。ワン自身、生粋の“ロスっ子”ではないから、二人の主人公と同じアウトサイダーの視点からロスを描くことができた。そして、「お定まりのイメージではなく真のロスを描きたい」という彼の要望に応えて、市内とその近郊40ヶ所が撮影に選ばれた。ここではビバリーヒルズ・ホテルを始め、いくつかの有名な通りやビバリーヒルズの豪邸が登場する。「ある意味でこの映画はロスへのオマージュだとずっと感じていた。アデルにとってロスは「オズの魔法使」のエメラルド・シティのようなものなんだ。自分の夢と希望の解答だと思っている。ビバリーヒルズという地区にはこれといった目印になる場所や中心街がないので、センチュリー・シティの高層オフィスビルをビバリーヒルズの象徴にして、アデルの憧れの“オズ”にしたんだ」。
マークは「ウィスコンシンからやって来た二人のロスに対する思いを追及した物語なので、僕たちはロスを新鮮な視点で描くことを目標にした」と言う。「この都市には様々な層がある。ハリウッドの平地にはこじんまりとしたアパートが並び、サンセット大通りには商店が建ち並ぶ。そして、山の方に目を移すと豪邸が見える。西には海が広がり、目の前には洗車場があるといった具合だ」。
★物語をサポートするエレガントな映像
監督のビジョンをスクリーンに映し出したのは、撮影監督のロジャー・ディーキンズ。「物語をサポートするようなシンプルでエレガントな映像にしようとディーキンズと相談した。しかし、同時に物語を視覚的に語るために様々なテクニックを駆使している。たとえば、俳優たちにより多くの空間を提供するために、常にカメラを動かした」と、ワンは説明する。
通常の移動撮影用のレールやステディカムを使う代わりに、ワンとディーキンズはリモコン制御の小さなクレーンに固定したカメラで俳優たちを追う新しい技術を採用した。ワンは「この方式により、狭い場所でのカメラの移動や特定のアングルからの撮影がはるかに楽になり、スムーズでコントロールされた動きが実現した」と満足げに語る。そして彼は、この作品をコメディ・ドラマとしては珍しいシネマスコープで撮影した。「ワイドスクリーンは映画に堂々とした雰囲気を与えてくれる。背景も一人の登場人物にしてくれるし、二人の主人公をより簡単に一つのフレームに入れることができる」と、その効用を語る。
★登場人物を引き立たせる美術と冒険的な衣裳
プロダクション・デザイナーのドナルド・グラハム・バートは、「ジョイ・ラック・クラブ」でワン監督と組んだ経験を持つ。監督はバートの仕事を絶賛する。「彼の仕事は決して自己主張しない。スクリーンを独占しようなんてしない。しっかりしていて微妙なニュアンスがあり、登場人物を引き立たせるんだ」。
衣裳デザイナーのベッツィ・ハイマンは、「ザ・エージェント」でマークと組んでいる。マークは次のようにハイマンを評する。「ベッツィには遊び心を加えて色々試してみる大胆さがある。アデルの服装は常にどこか場違いな感じがするのが特徴なので、遊び心をもってデザインする必要があった。ベッツィは現実を冒険的な筆で描く才能を持っている」。

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