オーストラリア人監督のルケティックは、「キューティ・ブロンド」で劇場用映画監督としてデビューを飾ったが、この30歳の若手監督はすでに10年以上映画を撮ってきている。
 15歳の時、パディントンのショーヴェル・シネマで開かれたATOM映画祭で作品賞を獲得。94年には、ジリアン・アームストロング監督らを卒業生に持つオーストラリアでも最も権威のある映画学校VCAに入学を許可された。そしてわずか1年後には、その才能を認められて2社から続けて資金援助を受けている。
 97年、ルケティックは監督・脚本した短編“Titsiana Booberini”で、エリザベス2世トラスト賞の映画功績賞を受賞する。97年のテルーライド映画祭、98年のサンダンス映画祭、ブリスベーン国際映画祭、クーンズランド国際映画祭、メルボルンのセント・キルダ国際短編映画祭で上映され、アスペンの短編映画祭で最優秀学生コメディ賞を受賞した。
 ルケティックは、ミラマックスとすでに3本の作品契約をしている。彼は現在は、マーク・プラットと共に、次回作“The Girl Most Likely To With”に取りかかっている。

 1957年4月、アメリカ・メリーランド州ボルチモア生まれ。
 1979年4月ペンシルバニア大学を卒業し、1982年にはニューヨーク大学のロー・スクールを卒業。大手のタレント・エージェンシー、インターナショナル・クリエイティブ・マネージメント(ICM)で働いた後、RKOピクチャーズの製作担当副社長となる。
 その後、オライオン、トライスター、ユニバーサル・ピクチャーズの3つの製作会社で社長を務めた。現在は、劇場用映画、TVおよび舞台の製作を手がけるエンターテインメント会社、マーク・プラット・プロダクションズの社長である。
 同社が手がけた最初の映画は、レイチェル・リー・クック主演の「プッシーキャッツ」(01/V)。現在、「アンネの日記」の再映画化を進行中で、「ドライビングMissデイジー」でアカデミー賞にノミネートされたアルフレッド・ウーリーが脚本を手がけている。最近発見された日記の新しい部分も映画では描かれる予定だ。

 カレンはジェームズ・マディソン大学出身で、エルのようにファッション販売促進専攻で女子社交クラブに入っているブロンドの女子大生だった。マーケティングと投資業界で働いた後、男子社交クラブのメンバーだった恋人と結婚し、脚本家を目指す。
 キルステンは南カリフォルニアで育ち、子供時代は亜麻色の髪をしていた。ブルネットの彼女は、NYUで映画を学び、オクシデンタル・カレッジを卒業。ゲティスバーグ・レビューやクオータリー・ウエストなどの文学雑誌に、40以上の詩を発表。
 カレンとキルステンは「恋のからさわぎ」(99/V)の台本を売ったところから脚本家としてのキャリアをスタートさせた。その脚本は一年後、ジル・ジャンガー監督によって、当時はまだ無名のヒース・レジャーとジュリア・スタイルズ主演で映画化された。
 現在二人は、ほろ苦いコメディタッチの“The Miranda Obsessin”を、トライベッカ・フィルムズ製作でロバート・デ・ニーロが監督するために執筆中である。その後、二人は再びリーズ・ウィザースプーンとプロデューサー、マーク・プラットのためにアクション・コメディ“Honey West”を手がける予定。他にも企画が進行中のものは、大学が舞台の作品や、ジェニファー・ラブ・ヒューイットのサーフィン映画、「ジャニスのOL日記」(99)のクレア・キルナーが監督予定のロマンチック・コメディなどがある。
監督
ロバート・ルケティック


プロデューサー
マイク・プラット


脚本
カレン・マックラー・ラッツ&キルステン・スミス


原作
アマンダ・ブラウン


撮影監督
アンソニー・B・リッチモンド

プロダクション・デザイナー
メリッサ・スチュアート

編集
アニタ・ブラント・バーゴイン

編集
ガース・クレイブン

衣裳デザイナー
ソフィー・デ・ラコフ・カーボネル

音楽
ロルフ・ケント
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