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ダラス・オースティンとアトランタ
 『ドラムライン』のデヴォンの成長のストーリーは、故郷のアトランタの高校でドラムライン奏者をしていた音楽界の巨匠ダラス・オースティンの実体験をベースにしている。オースティンによると「ぼくの兄は、マーチング・バンドに入っていて、セクション・リーダーだったから、家であらゆることを教えてくれた。だから、9年生になった時、ぼくはすべての楽曲のリズムをほかのどの生徒よりよく知っていた。そして、新入生なのにスネア・ドラムの担当にしてもらえた。ただし、ぼくは楽譜の読み方が分からなかった。そこがデヴォンと同じ悩みだったんだよ」

 オースティンが『ドラムライン』の企画をスタートさせたのは、90年代半ば。ロケ地に決定したアトランタについて、プロデューサーのティモシー・ボーンは、「アトランタで石を投げれば、マーチング・バンドに当たるよ。マーチング・バンドは、アトランタの文化の中では大きなパートを占めていて、マーチング・バンドをすることが自然なことに思えたし、とにかく、アトランタにとって根源的なものなんだよ」と言う。

 また、オースティンは、ストーン監督とプロデューサーのウェンディ・フィネルマンを、スポーツの競技抜きのマーチング・バンド対抗戦に誘っている。「アトランタでは、高校のマーチング・バンド対抗戦が、しょっちゅう行われている。コンサートみたいなんだけど、15から20くらいのバンドによる競技会なんだ。観客も4万人から5万人は集めていたよ。フットボールの試合抜きなのに! そういったショーの一つを観に行った時のストーンとフィネルマンの反応ときたら、すごいなんてものじゃなかったな」 

 また、オースティンは、マーチング・バンドのパフォーマンスが、今日の音楽にも多大な影響を与えていることを証明している。「例えば、トリック・ダディの“テイク・トゥ・ザ・ハウス”みたいなアルバムや、ミスティカル、ピティ・パブロ、アウトキャストなどは、マーチング・バンドの影響を受けてマーチング・バンドのサウンドを自分のラップの中に取り入れている。なぜなら、南部の中でも、とても力強いパートを占めているからさ。ラップは、マーチング・バンドのストリート版みたいなものだよ」

 なお、ピティ・パブロは、クライマックスのモーリス・ブラウン大学の一大パフォーマンスのシーンに出演している。パブロが出演したことで、エキストラとして4万人のアトランタ市民を週末の2日間の撮影に動員することが出来た。「A&T大学とモーリス・ブラウン大学が、お互いに技を競い合っているのを観るのは、本当にすごかった。だから、ぼくは『ドラムライン』は、ドラム版『トップガン』だと例えるのが好きなんだ」と、ストーンは『ドラムライン』の成功について語っている。

 そして、プロデューサーのウェンディ・フィネルマンは、「『ドラムライン』は、単にマーチング・バンドのことだけを描いた映画ではない。『ドラムライン』は『ロッキー』のように勝ち目のなさそうな人たちをテーマにしているのよ。そんな青年たちの一団が力を合わせて、夢にも思わなかったことを成し遂げる。観客なら誰でも心から声援を送らずにはいられないわ」と魅力を語っている。